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和歌山地方裁判所 昭和32年(行)4号 中間判決

原告 脇村正太郎

被告 田辺市長

主文

原告の本訴は適法である。

事実

原告訴訟代理人は「被告が、昭和三二年三月一二日、田辺市議会の承認を経てなした、別紙第一目録記載の田辺市所有の土地合計三四二一坪を、桐本仲一郎外別紙第二目録記載の三八名に対して払下げる旨の決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、つぎのとおり陳述した。

一、原告は、田辺市の住民である。

二、被告は、昭和三二年三月一二日、田辺市議会の承認を経て、桐本仲一郎に対し、別紙第一目録記載の田辺市所有の土地(以下単に本件土地という。)の内一、二五〇坪を坪当り金四〇〇円で、また別紙第二目録記載の三八名に対し、本件土地の内合計二、一七一坪を坪当り金八三〇円の価格で払下げる旨の決定をした。しかし、被告の右処分は、つぎのような理由によつて違法である。

(一)  本件土地は田辺市所有に属する財産であるから、その払下げに当つては当然地方自治法第二四三条第一項の規定により競争入札の方法によらなければならない。しかるに被告はこれを行わず、不法にも前記の者等に対し任意売却の方法によつて払下げることを決定したのは違法である。

(二)  被告は、前記の如く、本件土地を坪当り金四〇〇円ないし金八三〇円(平均金五七〇円)の価格で払下げる旨の決定をしたが、これは不当に廉価である。すなわち、被告は、昭和三〇月一二月一三日、本件土地に隣接する田辺市所有地九、二三四坪六合七勺を、県立商業高等学校の敷地として和歌山県に売却したことがあつたが、その代価は金二、二〇〇万円であつたから、坪当り約金二、二〇〇円に相当することになる。しかして、その後一般に地価は著しく高騰し、本件土地は坪当り金七、〇〇〇円になつているが、和歌山県に対する右売却は、高等学校の建設という公益目的のためであつたから、時価よりも、廉価であつたとしても許すべき理由もあつたが、本件土地払下げの相手方は単なる私人であつて、一般時価よりも低廉にすべき理由は少しもないのにかゝわらず、被告が右県に売却したよりも桁外れに廉く、かつ時価の一〇分の一にも満たないわずか平均金五七〇円の価格で払下げたことは、かりに払下げ価格が行政庁の自由裁量に属するものとしても、裁量権の濫用で許すことは出来ない。いわんや、田辺市の財政は極度にひつ迫している現在、処分し得べき唯一の市有財産ともいうべき本件土地を、右の如く廉価に処分することは、もはや当不当の範囲をこえて違法といわなければならない。

三、よつて、原告は、昭和三二年五月一四日、地方自治法第二四三条の二の規定により、田辺市監査委員に対し監査請求をしたが監査委員は法定の二〇日間の期間を経過するも何らの措置もしない。よつて原告は、本件土地に関する前記違法な払下げ処分の取消を求めるため本訴におよんだものである。

被告訴訟代理人は「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本案前の抗弁としてつぎのとおり陳述した。

原告が田辺市の住民であることは認めるが、地方自治法第二四三条の二第四項による訴訟の対象は、普通地方公共団体の職員の「違法または権限を超える行為」に限られ、「不当な行為」にはおよばないところ、原告は、本訴において、被告の本件土地の払下げ処分は、その払下げの手続ならびに払下げ価格の点につき違法があると主張するが、いずれも適法であるのみならず、後者すなわち払下げ価格の点については、当不当の問題としてはともかく、法律上違法の問題の生ずる余地はなく、結局原告の主張は本件土地に関し被告の払下げ処分の不当を主張することに帰するから、同法第二四三条の二第四項に規定する訴訟要件を欠く不適法な訴である。すなはち、

(一)  原告は、被告が本件土地を随意契約によつて払下げる旨の決定をしたことは地方自治法第二四三条第一項に違反する違法な処分であると主張するが、被告においては何らの違法はない。なるほど、同条は普通地方公共団体の財産の売却等については競争入札に付すべきことを規定しているが、同条第一項但し書には「臨時急施を要するとき、入札の価格が入札に要する経費に比較して損失相償わないとき、または条例の定める場合に該当するときはこの限りでない。」という例外規定を設けているから、右但し書に該当する場合には、競争入札以外の方法によつてもよいわけである。

ところで、右但し書のうち「条例で定める場合に該当するとき」という部分は、昭和三一年六月一二日法律第一四七号「地方自治法の一部を改正する法律」をもつて右のとおり改正されたものであるが、同法律附則第八項には「この法律施行後新法第二四三条第一項但し書の規定による条例が制定施行されるまでの間は、同条同項に規定する契約の方法については、なお、従前の例による。」との経過規定を設けている。しかして、田辺市においては、右地方自治法の一部を改正する法律が施行された昭和三一年六月一二日より現在にいたるまで、地方自治法第二四三条第一項但し書の規定による条例は制定されていないから、前記附則第八項により、従前の例にしたがい、議会の同意を得たときは競争入札による必要はないのである。したがつて、被告が本件土地を原告主張の如く競争入札によらず、議会の同意を得た上、任意売却の方法によつて払下げることを決定したことは、手続上何らの違法もない。

(二)  更に、被告が、本件土地を、原告主張の如き価格で払下げる決定をしたことは、その価格について当不当の問題こそあれ違法の問題はない。すなはち、地方公共団体の財産の払下げにつき、地方財政法第八条第一項は「地方公共団体の財産は条例または議会の議決による場合を除くほか、これを交換し、その他支払手段として使用し、または適正な対価なくしてこれを譲渡し、または貸付けてはならない。」と規定しており、この規定よりすれば、条例の定めまたは議会の議決による場合には、適正な対価でなくてもこれを譲渡することができること明らかである。したがつて、被告が原告主張の如く本件土地を時価より安い価格で払下げる決定をしたとしても、その払下げ価格の決定は、原告がその主張において自認する如く、市議会の承認を経てなしたものであるから、その価格の当不当はともかくとして、違法をもつて論ずる余地はない。

以上のように、被告がなした本件土地の払下げ決定はすべて適法であつて何らの違法がなく、原告が本件訴において主張するところは、結局被告がなした本件土地払下げ決定の当不当を論ずることに帰する。ところで地方自治法第二四三条の二第四項に規定する訴訟の対象が普通地方公共団体の職員の違法行為に限られ、不当行為におよばないことは前述のとおりであるから、原告の本件訴は、訴訟要件を欠く不適法な訴であつて却下さるべきものである。

理由

被告は本案前の抗弁として、原告の本件訴は、被告の「違法または権限を超える行為」の取消を求めるものではないから、訴自体地方自治法第二四三条の二第四項の訴訟要件を欠く不適法なものであると主張するので按ずるに、地方自治法第二四三条の二第四項の規定によつて、普通地方公共団体の住民が裁判所に出訴することが出来るいわゆる納税者訴訟の対象となる事項は、監査委員に対して行政措置を求める場合と異つて、同条第一項に定める普通地方団体の職員の当該行為のうち「違法または権限を超える行為」のみに限られ、当該職員の「不当行為」におよばないものであることは、同条第一項と第四項とを比照すれば明らかであるが、被告が主張する「原告の訴自体が訴訟要件を欠く不適法なものである」か否かは、原告の主張の実体的な当否を離れて、もつぱらその主張自体が、被告の地方自治法第二四三条の二第四項に定める要件該当の行為、すなはち、被告の当該「違法または権限を超える行為」の存在、及びこれに基く原告の該行為取消権存在の主張であるかどうかを標準として純形式的に定めるべきものであるところ、原告が本件訴において主張するところは、「被告は、田辺市所有の本件土地を、昭和三二年三月一二日、市議会の同意を経て、桐本仲一郎ほか三八名に対し、金四〇〇円ないし金八三〇円(平均金五七〇円)の価格で払下げる旨の決定をしたが、被告の右決定は、(イ)本件土地は田辺市の所有に属する財産であるから、その払下げに当つては当然地方自治法第二四三条第一項の規定により競争入札の方法によらなければならないのに、これによらず任意売却の方法により払下げることを決定した違法がある。(ロ)右払下げ価格は、坪当り金四〇〇円ないし金八三〇円(平均金五七〇円)という時価の一〇分の一にも満たない不当に安い価格であつて、かりに払下げ価格が行政庁の自由裁量に属するとしても、右の如く不当に安く払下げることは、裁量権の濫用であるから、もはや当不当の範囲を超えて違法である。したがつてかゝる被告の違法行為の取消を求める。」というにあることは、本件記録に徴し明らかである。

そうすれば、原告は、本件訴において被告の前示条項に違反した「違法行為」の存在を要件事実として、これが取消権の存在を、訴訟の対象として主張しているものであることが明かであるから、その主張の実体的当否はともかく、原告の訴自体は、形式上地方自治法第二四三条の二第四項所定の訴訟要件に何等欠けるところはなく又他にこれを不適法ならしめる欠缺も見出だせない。被告の主張はすべて実体関係的であつて、原告主張の実体についての審査をまたない限り、その当否を判定し得ない。

したがつて、原告の本件訴は適法であつて、これと反対の見解の下になされた被告の本案前の抗弁は理由がないから、民事訴訟法第一八四条に則り主文のとおり中間判決をする。

(裁判官 亀井左取 下出義明 原政俊)

(別紙省略)

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